物事には限度がある。
良識ある大人ならば理解しているこの言葉、こと飲食業界においては浸透していないようです。
過度にトリュフを削ったパスタ、濃厚すぎてもはや液体ではなくゲル状になっているラーメンスープ、例を挙げだしたら枚挙にいとまがありません。
私が愛する焼肉業界でも、この悪しき風習がはびこっています。
それは、「肉が分厚いほど君たち好きでしょ?」とふふんとした顔で、私たちの前に提供される、焼肉とは思えないほどの分厚い肉、
そうです、焼肉の肉が分厚すぎる問題です。
暴言かましていいですか?「焼肉は肉が分厚すぎるとまずくなる」と私は考えています。
分厚くカットされた焼肉を見ると、セル戦で失敗したトランクスを思い出す
分厚くカットされた焼肉を見ると、私の脳裏に思い出せるのはドラゴンボールでの一コマ。
セルと戦うために精神と時の部屋に籠り修行したベジータ、トランクス親子。
スーパーサイヤ人のその先を手に入れるために筋力トレーニングにいそしみ、圧倒的なパワーを手に入れながら、
それがゆえにバランスを崩し、むしろスタンダードなスーパーサイヤ人状態よりも弱くなっちゃったのではないか?と思わせるシーンです。
画像出典:ドラゴンボール
ベジータ・トランクス親子のバカバカ、
握力×体重×スピード=破壊力みたいなパワーだけで通用するのは、全世界の中で花山薫だけというのは、全男性周知の事実じゃないですか?
画像出典:グラップラー刃牙
全世界の存亡がかかった重要な局面で間違えてはだめですよ。
焼肉もそうですよ、分厚い=パワーを重要視すれば美味しくなるなんて驕り以外の何もでもありません。
分厚くなればなるほど、見た目のインパクトは力強くなりますので、肉が出てきたときの驚きは増しますが、
実際に食べてみると「焼肉」としての完成度・満足度は低くなってしまうのです。
分厚すぎる焼肉が美味しくなくってしまう理由1
理由の一つ目としては、肉が厚くなることにより、もみダレによる味の付加が非常に難しくなることが挙げられます。
簡単に言ってしまうと味付けがぼやける問題です。
肉が厚くなればなるほど、1切れあたりの肉で考えると、体積に対しての表面積の割合が少なくなります。
もみダレは表面に付着する代物ですから、表面積の割合が減る=全体的な味が薄まる。で間違っていないはず。
結論、厚くなればなるほど、肉全体に対しての「もみダレ」の味わいが弱くなり、味わいがぼける結果となります。
分厚すぎる焼肉が美味しくなくってしまう理由2
理由の二つ目は厚切りが故に1切れ当たりの脂と肉汁の量も増える点を挙げておきます。
肉汁及び、牛肉の美味しい脂が口の中に溢れることは一定ラインまではありがたい話ですが、
一定の水準を超えると理由1で挙げたもみダレ味付け問題を上回る水分・脂分が口の中に侵入してくることとなり、やっぱり味わいがどうしても薄まることとなります。
ステーキであれば好みの大きさにナイフとフォークでカットし、付属するソースや塩などにて再度の味付けを加えることができますが、
焼肉は基本的に一口で食べられるように肉をカットした料理。前歯で噛み切って再度タレにつけるなどの芸当は、本質的な改善には至っていないと考えます。
やはり、肉が厚すぎることによるデメリットとして考えることができるのではないでしょうか?
分厚すぎる焼肉が美味しくなくってしまう理由3
最後の理由としては、厚くなればなるほど焼くのが難しくなるからです。
焼肉って本当に素晴らしい料理で、最終的な仕上げの行程を消費者に任せることにより、不要な人件費をカット!良質なお肉を安価に提供することができます。
加えて客側が焼くことにより、好みの焼き加減を自分自身で実現でき、レアが好きなのに焼きすぎ問題や、ウェルダンが好きなのにちょっと火の入りが弱いやんけ!といった問題も解決できてしまう、素晴らしいシステムなのです。
しかし、肉が厚くなればなるほど肉を好みの焼き加減に仕上げるのは非常に難しく、
得てして焼かなすぎ、その失敗を踏まえて次は焼きすぎ、そしてまたその失敗を踏まえて次はまたもや焼かなすぎ。
と、失敗の無限ループに陥る可能性が高まります。
厚みの限界は独断と偏見によると6mm
私の独断と偏見による、何ら根拠の無い主張をお聞きください。
焼肉における肉の厚みの限界点は、、、6mmです。
もちろん!!異論は認めます。
6mmは冗談だとしても適切な厚みがあるのは事実。
過度な厚み信仰は見栄えは良いかもしれませんが、確実に焼肉の満足度は低くなります。
過ぎたるは猶及ばざるが如し
皆さんも好みの肉の厚さを見つけ出し、肉屋で肉をカットしてもらう際にはぜひこだわりまくって注文してみましょう。